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大阪府堺市の船待神社へ ~菅原道真公が腰掛けた「腰掛石」に座りに~

 こんにちは。

先日、堺市堺区にある船待神社に行ってきました。

この神社は、菅原道真公が大宰府に下る途中、船を待つ間に参拝し、松を植えたと伝わる神社で、道真公が座ったと伝わる「腰掛石」なる石があります。


目 次

1.船待神社について

2.境内小社
 2-1.瘡神社
 2-2.役行者・三宝荒神社
 2-3.豊倉稲荷神社
 2-4.不動明王・水掛不動明王

3.アクセス(Mapあり)


1.船待神社について

1.船待神社について

船待神社の簡単な配置図です。
お手製なので若干抜けがあります。縮尺も適当なので参考程度に。

豊倉稲荷神社の隣(この地図だと上)に、いろいろな神様がまつられた建物が建っていますが、この地図では抜けています。


 最寄りの阪堺電車(路面電車)の御陵前駅から、5分も歩かないくらいで到着。
 こちらは表参道入口。白い鳥居が建っています。
 奥に見えるのが本殿です。

 また、阪堺電車の線路沿いの道を歩いてくると、裏参道入口から入ることができます。


鳥居の右側(道路側)には、由緒書きがあります。
さらに右には、堺市の設置している看板があります。
 それによると、
 御祭神は天穂日命と菅原道真公を主神とし、末社として琴平神社・春日神社・豊倉稲荷神社・瘡神社等を祀っています。
 菅原道真公が九州大宰府に下る途中、船を待つ間、遠い先祖に当たる天穂日命を祀るこの社に参拝し、松を植えて旅立ちました。
 長保3年(1001年)に子孫の菅原為紀が官に願い出て、菅原道真公を合祀し、船待天神社と改称した。
 境内には菅原道真公が座ったとされる腰掛石が残ります。

 当初は塩穴郷にありましたが、11世紀にはこの地に移されたようです。


白い鳥居をくぐって参道を進むと、中ほどに手水舎があります。
横に立派な灯篭が建っているのですが、下の方に寄進した人の名が彫られています。
明治8年にハナ青果問屋の海部丑松さん(と、その奥さんのかねさん)が寄進したようです。


船待神社本殿です。
普通、神社は屋根に瓦を使わない(土は人が踏んでいるので)のですが、この神社は瓦葺きの屋根です。
お寺が一緒にあった時の名残でしょうか。
向かって左側に松、右側に梅が植えられています。 


近くに寄るとこんな感じです。
社紋は勿論、梅です。

御朱印はこんな感じです。
(日付が2020年なのは、以前もらったものが同じ御朱印帳にあったので今回もらわなかったため。)
船待神社御朱印



本殿にお参りを済ませたら、船待神社に来た最大の目的である、菅原道真公の「腰掛石」に向かいます。

石は、鳥居をくぐってすぐ右に置かれています。

直接座れないのが少しだけ残念ですが、腰掛けて思いを巡らします。
椅子に腰かけると、本殿の方を向くので、海(現在の海岸線)に背を向ける形になります。


2.境内小社

2.境内小社

船待神社には、このほかにいくつか末社として祀られています。

2-1.瘡神社
医薬の祖神である、小彦名命が祀られています。



2-2.役行者・三宝荒神社


2-3.豊倉稲荷神社

お稲荷さんなので、狛犬ならぬ狛狐です。
お社の前にこの時は5基の鳥居が建っています。


2-4.不動明王・水掛不動明王

左が「不動明王」、右が「水掛不動明王」が祀られています。
不動明王というと、仏教のイメージがあります。

ちなみに、節分の時期には、下のような護摩木供養が行われます。

この時は、手水舎と不動明王・水掛不動明王の社の間に火(護摩壇?)が設けられます。
山伏の方々が、願いを書いた護摩木を、お経を唱えながら火に焚いていきます。
行ったのは夕方でしたが、何人もの人が護摩木に願いを書いていました。
護摩木は1本300円でした。
ちなみに撮影は、2021年2月の時のものです。

3.アクセス

3.アクセス

住所:大阪府堺市堺区西湊町1-2-18

TEL:072-241-4168
Fax:072-241-4168

交通手段:阪堺電車の「御陵前駅」で下車、徒歩5分くらい
     南海電車 南海本線「湊駅」で下車、徒歩10分弱くらい

<Map>



本日は、以上です。
ここまで読んでいただきありがとうございました。




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